EduDX Report      

インストラクショナルデザインの実践事例
~連載:教育・研修DXを支える学習の理論と実践(4)~

2025年12月10日 仲林 清(EduDX lab.Asia所長)

ここまで,デジタルトランスフォーメーション(DX)の効率化,新価値創造,継続的変革という過程を概観し,教育分野でもデジタル技術を活用した変革のためには,教育・研修の目的に照らして技術の適用方法を設計する必要があるということを述べました.さらに,このような検討の基盤として「行動主義」「認知主義」「構成主義」という学習に関する心理学の3つの流れと,これらの理論を基に効果的で魅力的な学習手法を設計するためのインストラクショナルデザイン(ID)の考え方をご紹介しました.今回はIDの手法を適用した実践事例をご紹介します.

IDの第1原理

今回ご紹介する授業実践は,前回ご説明したIDの第1原理(1) (2) (3)の考え方を応用していますので,簡単に復習しておきます.IDの第1原理は,構成主義の「学習者は自ら学ぶ力を持っており,学習は現実的な場面での自主的な活動や他者との関わり合いの中で行われる」という考え方に基づいています.このような考えに基づいてIDの第1原理では学習を促進する5つの要件を示しています.

  • 課題中心
    現実的な課題を提示し,研修・授業で何ができるようになるのかをイメージさせます.
  • 既有知識/経験の活性化
    課題を解くためにどうするかを考えさせ,学習者の既有知識との関連付けを図ります.
  • 例示
    学ぶ内容を単に言葉で伝えるのではなく,手順の実例など具体例を提示します.
  • 応用
    例示で学んだ内容を応用する練習の機会を作り,適切なフィードバックを行います.
  • 統合
    学んだ内容をグループで話し合うなどして,学びの成果の振り返り・内省を促します.

「学び方を学ぶ」授業実践

IDの事例として筆者の授業実践(4)をご紹介します.この授業は大学生1年生が「学び方を学ぶ」ためのものです.自身のいままでの学びを振り返って,大学での学び方を考えてもらうことを意図していて,自己調整学習(5) (6)(Self-Regulated Learning,以下SRL)という「自ら学ぶ力」を扱った理論を取り上げています.「自ら学ぶ力」は近年,学校教育でも社会人に必要な資質としても注目されています.文部科学省の学習指導要領では,学校教育における「主体的な学び」「深い学び」の実現が謳われています(7).経団連の調査(8)でも大卒者に期待する資質として「人生100年時代を迎え『学び続ける力』と回答した企業が4割近い」ことが指摘されています.SRLはこのような 「自ら学ぶ力」に関するものでEUのDigCompEduという教育・学習に関する能力定義にも含まれています(9) (10)

SRLは「教育目標の達成を目指して学習者が自ら作り出す思考・感情・行為」と定義されています.学習者が自らの学習過程におけるメタ認知,動機付け,行動に積極的に関与し,特に自己調整学習方略,自己効力感,目標への関与が重要とされています.SRLは図1のような「予見段階」「遂行段階」「自己内省段階」からなる循環モデルで表されます.この循環モデルは1日の勉強や1回の試験の準備から振り返りに対応しています.

図1  SRLの循環モデル

予見段階は,学習の前に目標設定や学習方略の計画および自己動機付けを行う段階です.明確な目標設定・方略計画ができると,達成の見通しが得られて学習動機や自己効力感が高まります.遂行段階は,実際の学習に対応し,セルフ・コントロールと自己観察の要素からなります.前者には,理解状況を自分に問いかける自己指導,先生や親に支援を求める援助要請,などがあります.自己観察には,遂行過程のメタ認知モニタリングが含まれ,これに基づいてセルフ・コントロールを行って学習方略を修正していくことができます.自己内省段階は,学習の結果に関わる段階で自己判断と自己反応が含まれます.自己判断には遂行結果を能力・努力・方略使用などの原因と結びつける原因帰属が含まれ,自己反応には適応的/防衛的決定が含まれます.遂行に失敗してもその原因を遂行に用いた方略に原因帰属すれば,次回は方略を修正する,という適応的決定を行うことができます.逆に,失敗を自分の能力に原因帰属すると,無力感が生じて課題から逃避する防衛的決定が生じてしまいます.

SRLに関する授業の枠組みを図2に示します.学習者は大学生ですので,高校までにさまざまな学習の経験があり,SRLのような理論を理解する能力も有していると想定されます.授業では,まずSRLの理論を説明し,次にドキュメンタリービデオを視聴させて,その内容をSRLの観点で解釈・説明するレポートを作成させます.レポートでは自分の学習経験との対比も意識するよう促します.提出レポートは全員に共有し,次回の授業で視点の異なるいくつかのレポートを紹介します.これらも参考にさらに詳しいレポートを作成させます.

図2  授業の枠組み

使用するドキュメンタリービデオは,塾に通う中学生と塾講師のやり取りを描いたものです.中学生は数学が苦手で塾に通っていますが,やる気が出ず成績が伸びません.そこで塾講師が自習ノートを与え「自分で目標を決めて自習し,結果を毎日見せて欲しい」と伝えます.中学生は自分で苦手な数学を自習することに決め「その日間違ったところを復習する」という目標を立てます.これによって中学生は塾のテストに合格することができます.

この内容はSRLの観点では以下のように解釈できます.中学生は,数学に苦手意識があり,自己効力感がありません.ビデオの中では「周りが天才だから」という発言もしていて,自分の成績の悪さを能力帰属していることがうかがえます.課題から逃避する防衛的決定をしているため,間違えたところを振り返ることもしていません.それに対して塾講師は,自習する科目・目標を自分で決めさせることで,予見段階における目標設定を促しています.これに対して中学生は,「その日間違ったところを復習する」という具体的な学習目標を決め,「繰り返し学習する」という方略で自習を行います.この結果,テストに合格し,肯定的な感情を得ることができました.

授業では,図2のように,ドキュメンタリービデオの内容をSRLの観点で解釈・説明するレポートを作成させ,次回の授業で他者レポートも参考にして,さらに詳しいレポートを作成させます.授業後のアンケートでは,

  「目標をはっきりさせることで自身の学習が促進される事がわかった」
  「動機付けなどの観点で自分をコントロールし勉強ができると思った」
  「間違えを見るのがいやで仕方なかったが,復習するとわかるようになり嬉しかった」
などSRLの考え方を自分の学びの経験に結び付けて考えている記述や,
  「他人のレポートを意識して見ると,自分とは違う考えがあり参考になった」
  「同じビデオを見ているのに着目点が全然違い,次のレポートの参考にしようと思った」
といった図2のビデオ視聴とレポート提出を組み合わせた授業の枠組みが有効に機能していることを示す記述が見られました.

この授業の枠組みは,以下のようにIDの第1原理と対応付けることができます.授業ではSRLの理論を単に説明するのではなく,ドキュメンタリービデオという現実の場面を描いた題材をSRLの理論で解釈させています.これは「課題中心」の考え方に対応します.さらに,レポートを書く際には自分の学習経験と結び付けるように指示して「既有知識/経験の活性化」を図っています.また,SRLの事例をビデオ視聴で「例示」し,ビデオをSRLで解釈したレポート作成させて「応用」の機会を作っています.さらに,自他のレポートを比較・吟味させることで内省を促す「統合」の機会を作っています.

この授業は当初対面形式で実施していましたが,コロナ禍でオンデマンドのeラーニング形式に移行しました.eラーニング形式では学習者はいつでも受講が可能でビデオを繰り返し視聴できます.他者レポートと自分の考えを比較して新しい気づきを得ることもできるため,対面と比較して遜色のない学習効果が得られています.この授業の枠組みは,「企業のビジネスモデルと情報技術活用」(11),「組織における問題解決」(12)などの学習にも用いています.このようにIDの考え方は,対面授業だけでなく,eラーニング形式の学習にも適用することでeラーニングの良さを生かした学習を実現するカギになります.

参考文献

(1)C. M.ライゲルース,A.A.カー=シェルマン(編著),鈴木克明,林雄介(監訳):“インストラクショナルデザインの理論とモデル”,北大路書房(2016)

(2)鈴木克明:“鈴木克明(監修),市川尚,根本淳子(編著):“インストラクショナルデザインの道具箱101”,北大路書房(2016)

(3)鈴木克明,根本淳子:“教育設計についての三つの第一原理の誕生をめぐって”,教育システム情報学会誌,28巻2号 pp. 168-176(2011),https://doi.org/10.14926/jsise.28.168

(4)仲林清:“自己調整学習を主題とするビデオとオンラインレポートを活用した授業実践”,教育システム情報学会誌,39巻1号 pp. 62-75(2022),https://doi.org/10.14926/jsise.39.62

(5)D.H.シャンク,B.J.ジマーマン(編著),塚野州一(編訳):“自己調整学習の実践”,北大路書房(2007)

(6)自己調整学習研究会(編著):“自己調整学習: 理論と実践の新たな展開へ”,北大路書房(2012)

(7)文部科学省:“主体的・対話的で深い学びの 視点からの授業改善”,https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/__icsFiles/afieldfile/2020/01/28/
20200128_mxt_kouhou02_01.pdf

(8)日本経済団体連合会:“採用と大学改革への期待に関するアンケート結果”,https://www.keidanren.or.jp/policy/2022/004_kekka.pdf(2022)

(9)The Joint Research Centre: EU Science Hub: “Digital Competence Framework for Educators (DigCompEdu)”,https://joint-research-centre.ec.europa.eu/digcompedu_en,https://www.keidanren.or.jp/policy/2022/004_kekka.pdf(2022)

(10)塚本千恵:“DigCompEdu 紹介”,EduDXレポート,(2024)
https://www.e-learning.co.jp/report/t202407j,
https://www.e-learning.co.jp/report/t202407e

(11)仲林清:“ビジネスモデルにおけるITの活用を主題とするビデオとオンラインレポートを活用した授業実践 ―コンビニエンスストアの事例を題材に―”,教育システム情報学会誌,34巻2号 pp. 131-143(2017),https://doi.org/10.14926/jsise.34.131(2022)

(12)仲林清:“組織における問題解決を主題とする ビデオとオンラインレポートを活用した授業実践”,教育システム情報学会誌,32巻3号 pp. 171-185(2015),https://doi.org/10.14926/jsise.32.171(2022)

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