EduDX Report      

学習に関わる心理学の3つの流れ
~連載:教育・研修DXを支える学習の理論と実践(2)~

2025年4月6日 仲林 清(EduDX lab.Asia所長)

前回は,効率化,新価値創造,継続的変革という3つの段階からなるデジタルトランスフォーメーション(DX)の過程を概観し,教育分野にその3つの段階をあてはめてデジタル技術活用の可能性を考えてみました.デジタル技術を活用した変革のためには,単に技術を導入するだけではなく,業務本来の目的に照らして技術の適用方法を検討・設計する必要があります.これは教育分野のDXでも同様で,学習の効果や魅力を高めるために,デジタル技術の活用方法を検討して教育・研修の設計・再設計を行うことが求められます.今回からはこのような検討の基盤となる学習に関する心理学やインストラクショナルデザインの理論をご紹介します.今回は学習に関する心理学の3つの流れである「行動主義」「認知主義」「構成主義」(1) を説明します.

行動主義

行動主義は,それまでの内観(自分の意識を自分で観察すること)を重視した精神分析的な方法論ではなく,外部から観察可能な「行動」に基づいて心理学の理論を構築しようとした点に特徴があります(2).「学習」とは「行動が変化すること」である,というのが行動主義の立場です.行動主義の理論のひとつにオペラント条件づけ(3) があります.人間が自発的な行動を起こしたときに,それに対して「報酬」や「罰」を与えることで,その行動を促進したり抑制したりすることができる,という考え方です.例えば,こどもが自発的に勉強していたら,それをほめてあげる(報酬を与える)ことで「勉強をする」という行動が促進されます.逆に,何かミスをした時にそれを叱る(罰を与える)ことでミスが減る,という考え方です.こう書くと,単純なアメとムチに聞こえるかもしれませんが,例えば,みなさんの部下が自主的に報告や相談をしてきたときに,それに対してすぐに受け入れて話をよく聞けば,部下は次からも自発的にそのような行動をとるだろう,と考えていただければ,理にかなった考え方であることがお分かりいただけるのではないでしょうか.このような考え方を基に,学習者にできるだけ即座にフィードバックして学習効果を高める「即時確認の原理」や,学習のステップを細かく設定してできることを少しずつ増やしていく「スモールステップの原理」などからなる「プログラム学習の5原則」(4) が提唱されています.行動主義は1940年代に盛んになった考え方ですが,いまでも学校教育だけでなく,スポーツや作業技能の習得,行動療法,リハビリテーションなど幅広い分野で洗練されたさまざまな応用が行われています.

認知主義

行動主義が外部から観察可能な「行動」に着目していたのに対して,人間の頭の中の働きをモデル化しようとしたのが認知主義です(5).認知主義は1950年代に盛んになった計算機科学,特に第一次人工知能ブームの研究と影響を及ぼしあっています.その中で,コンピューターとのアナロジーで,データ・知識を蓄える記憶機能とそれを処理する情報処理機能からなる頭のモデルが生まれました(実際にはもっと詳細なモデルなので参考文献(5)をご覧ください).例えば,人間は,何か問題を解決するときに,過去の経験から似たような問題を探したり,問題の原因が何なのかを調べたり,その原因を取り除く方法を考えたり,それによって本当に問題が解決するかを吟味したりします.このような頭の働きは,いずれも記憶の中のデータ・知識とそれを用いた情報処理と考えることができます.

認知主義では「学習」とは「知識が増大・洗練・変容すること」であると考えます.このような考え方のベースとなるのが「スキーマ」(6) (7)という概念です.人間は,頭の中にさまざまな概念や知識が関連付けられた枠組みを持っていて,それを用いていろいろなことを理解していると考えます.このような枠組みのことをスキーマと呼びます.例えば「陽射しがやわらかくなり,小川を流れる水がぬるんできた.木々の緑も鮮やかになってきた.」という文章を考えてみましょう.この文章を読んで,「季節はいつごろですか?」,「空の色は何色ですか?」,「木の上には何がいますか?」と質問されたとします.文章の中にこれらの質問に対する答えは示されていませんが,みなさんは質問に対する答えを思い浮かべることができると思います.これが人間の頭の中にあるスキーマの働きです.スキーマは,数学や物理学の理論や法則のようにいつでも厳密に成り立つものではありませんが,個々の事例よりは一般的なものです.例えば,「自動車にはハンドルが付いている」といった包含関係,「メインディッシュの後にデザートを食べる」といった順序関係,「卵を落とすと割れる」といった因果関係などスキーマの例として挙げられます.

このようなスキーマは人間が生まれたときからの経験や学習によって拡大していきます.例えば,「陽射しがやわらかくなり,小川を流れる水がぬるんできた.木々の緑も鮮やかになってきた.木の上ではキビタキが鳴いている.」という文章を読んで,「キビタキって何ですか?」と聞かれたとしましょう.そうすると,詳しくない人でも,「多分,小鳥なんじゃないかな」と考えるでしょう.実際にネット検索などで調べてみて正しいことがわかれば「キビタキというのは,ウグイスやヒバリのような小鳥の一種なんだ」という知識がスキーマに追加されることになります.このように,人間の学習は,自分がすでに持っているスキーマに新しい知識を関係付けることで行われます.つまり学習は,何もないところに新しい知識を書き込むことではなく,新しい知識と既存のスキーマとの整合性のある関係を発見することなのです.このように考えると人間は「知識が無いから学習する」のではなく「知識を持っているから学習する,学習できる」ということもできます.

一方で,既存のスキーマは新しい知識を学ぶ際の障害になることもあります.例えば高校の物理では,F=maという物体の運動方程式を学びます.ここで,Fは物体に働く力,mは物体の質量,aは物体の加速度です.したがって,この式は,物体が加速していればその物体には力が働いており,加速度が0の場合,つまり物体が静止しているか,速度が変化しない等速度運動をしている場合は力が働いていない,ということを表しています.例えば,氷の上でカーリングのストーンを滑らせたとき,手を放すまでは力が働いています.放したあとはストーンには力は働いていませんが,氷との摩擦が非常に小さければストーンは一定の速度で滑り続けます.しかし,子供だけでなく高校や大学で物理を学んだ人でも,等速度で運動をしている物体には運動方向に力が働いていると考えるスキーマを持ち続けていることが知られています(6).このような科学的な理論に反するスキーマは,素朴理論あるいは誤概念と呼ばれます(6) (9).これは,科学的な理論が人間の直感的なものごとの捉え方に反していて,理解するのが難しい,と考えることもできます.実際,ニュートンが17世紀に力と加速度が比例する,という考え方を確立するまでは,運動している物体には力が働いている,という考え方が支配的でした.このような誤概念を解消することを概念変化と呼び,学習者の概念変化の起きる過程と,科学理論における概念変化の過程を対比した研究も行われています(9)

このように,学習の効果を高めるためには,学習者がどのようなスキーマを持っているのかに注意する必要があります.学ぶ知識が既有のスキーマや経験と整合しやすいものであれば,それを想起させて関連付けることが効果的な学習につながります.逆に,学習者が誤概念を持っていることが想定される知識であれば,誤概念を解消するような事例を経験させたり,既有知識をベースとして論理的でていねいな説明を行う必要があります.いずれにしても,新しい知識を押し付けるような教え方ではなく,学習者の持っているスキーマに新しい知識をどのように関連付けるか,を考えることが重要になります.

認知主義でもう一つ重要な考え方がメタ認知(6)(8)(9)です.メタ認知というのは,自分の思考や学習などの認知過程を自分自身で客観的にモニタリングしてコントロールすることを指します.例えば,問題を解くときに,「この考え方で解けそうだ」と考えたり「ここがうまくいかないからやり方を変えてみよう」と考えるのがメタ認知です.先ほどの「陽射しがやわらかくなり,小川を流れる水がぬるんできた.木々の緑も鮮やかになってきた.木の上ではキビタキが鳴いている.」という文章を読んで,「キビタキってなんだろう.聞いたことが無いなぁ」と自分の理解状況をチェックすることをメタ認知的モニタリングと呼び,「考えてもわからないからWebで調べてみよう」と自分の考え方や行動を自分で変化させることをメタ認知的コントロールと呼びます.このようにメタ認知は,自分の理解状況を確認して不足している知識を自発的に学習したり,問題の解き方を振り返ってやり方を改善することにつながります.また,問題を見て「似たような問題を前にも見たことがあるな」とか「こうやれば解けるはずだ」といったメタ認知を働かせることはやる気の向上にもつながります.このように,メタ認知は自発的な学びを促進し,学習の質を向上させる働きがあります.

構成主義

構成主義は,人間が知識を得るということは自身で自分の中に意味を構成することである,と考える立場です(1).行動主義や認知主義が客観的に把握可能な知識を身につけることを学習とみているのに対して,構成主義は各自が異なる意味を自身で主観的に構成していく過程として学習を捉えています.このような立場から,構成主義では,学習者が現実的な場面における自主的な経験・活動を通じて学ぶことを重視します.また,学習は他者との関わり合いの中で行われる,という考え方から共同的な学習活動を重視します.例えば,自分と違ったものの見方を持っている人の視点を吟味したり,その人に自分の理解を説明することで,自分自身の考えや知識が明確になり,よりよく整理・体制化されていく,といったことはみなさんもご経験があると思います.

構成主義的な学習観のひとつとして,学習とは社会的な実践共同体への参加の度合いを増すことである,という「正統的周辺参加」という考え方があります(10).初心者は正式に共同体への参加を認められているが,最初は知識や能力がないので,中心的な役割でなく見習いとして周辺的に参加しています.やがて,熟達者が重要な仕事をこなしている様子を見よう見まねで覚えていき,徐々に中心的な役割を担うようになっていく,という考え方です.このような学びは,みなさんの職場や学校の部活動などで日常的に行われていると思います.また,近年,大学で行われているPBL(Project-Based Learning)(11) や初中等教育で行われている探究学習も,構成主義的な考え方を学校教育に持ち込み,現実的な状況で他者と共同して自主的な経験・活動を行うことを通じて,主体的・対話的で深い学び(12) を促していこう,という考え方に基づいています.

一方で,人間が頭の中に自身で意味を構成していくことが学習だとしても,それは学校や職場などでの教育・研修を否定するものではありません(1)(8).構成主義の考え方を鵜呑みにしてしまうと「学習者には新しい知識を教えるべきではなく,自身で知識を構成させるべきだ」という誤概念を生むことになります.学習者が自身で知識を構成していくとしても,学校や職場でそのプロセスをどのように支援するのか,というのは効果的な学習の促進のために非常に重要な課題になります.

ここまで,「行動主義」「認知主義」「構成主義」という心理学の3つの流れを説明してきました.次回は,このような心理学の考え方をもとに効果的な学習手法を設計するためのインストラクショナルデザインについて解説します.

参考文献

(1)鈴木克明:“教育・学習のモデルとICT利用の展望:教授設計理論の視座から”,教育システム情報学会誌,22巻1号,pp. 42-53(2005),
https://www.gsis.kumamoto-u.ac.jp/ksuzuki/resume/journals/2005a.html

(2) https://ja.wikipedia.org/wiki/行動主義心理学

(3)https://ja.wikipedia.org/wiki/オペラント条件づけ

(4)“プログラム学習の5原則”,鈴木克明(監修),市川尚,根本淳子(編著),インストラクショナルデザインの道具箱101,北大路書房(2016)

(5)https://ja.wikipedia.org/wiki/認知心理学

(6)ジョン・T. ブルーアー:“授業が変わる: 認知心理学と教育実践が手を結ぶとき”,北大路書房(1997)

(7)今井むつみ:“学びとは何か-探究人になるために”,岩波新書1596(2016)

(8)ジョン・ブランスフォード,他:“授業を変える-認知心理学のさらなる挑戦”,北大路書房(2002)

(9)R.K.ソーヤー(編):“学習科学ハンドブック 第二版 第1巻: 基礎/方法論”,北大路書房(2018)

(10)ジーン・レイヴ,エティエンヌ・ウェンガー:“状況に埋め込まれた学習: 正統的周辺参加”,‎産業図書(1993)

(11)R.K.ソーヤー(編):“学習科学ハンドブック 第二版 第2巻: 効果的な学びを促進する実践/共に学ぶ”,北大路書房(2018)

(12)文部科学省:“主体的・対話的で深い学びの実現”,
https://www.mext.go.jp/component/
a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2017/10/24/1397727_001.pdf

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