EduDX Report      

VUCA・人生100年時代と学校教育
〜DX時代の学校教育-変わる社会・学校・学びを概観する-〜

2025年1月31日 宮田 純也(一般社団法人未来の先生フォーラム 代表理事/横浜市立大学 特任准教授

前回では主として今日の社会的特徴について概観し、私たちが置かれている状況や課題について整理を試みた。本章では歴史的な変化と公教育の成り立ちに目を向け、今日的な課題を明らかにしたい。

前述した根本的な社会変化をもたらす革命は情報革命を除いて今までに2度あったと言われている。第1の革命は農業革命、第2の革命は産業革命とされる。
 
人類は紀元前7000年頃に起こった農業革命によって農産物の供給を管理的に増やし、定住化と人口増加を実現した。この結果、「社会」の形成が進んだ。続く18世紀半ばの産業革命では、工業製品の大量生産が可能となり、社会の効率化が大きく促進された。そして、情報革命によって、さらに社会の構造が大きく変化しつつある。

産業革命時は「産業」と名の付く通り、工業が発展した時代である。車は足の機能を強化し、医療が生命維持機能を強化するように、様々な身体的な機能を機械によって強化するようになった時代とも言える。この時代は「機械の時代」とも呼べるものであり、人間が持つ身体機能を拡張する機械の力によって、未開の地を開拓するなど、活動範囲を物理的に拡大してきた。その時代は「機械」が主役であり、それをどのように動かすのか、大量生産するのかという、ある意味ではマニュアル化された、つまり目標が与えられている時代である。「標準化」を国家単位で成し遂げ、効率的な工業化を果たすことが世界的な覇権を握る条件となり、この国家の「標準化」という点に貢献するため、近代学校教育制度が世界各国で整備された。「知識」の正確な習得は、工業社会における近代学校教育が目指した主要な目標の一つであるといえる。

このような流れを受けて創設された日本における「近代学校教育」は、明治維新以降に成立した新たな教育制度なのである。この制度の目的は、工業社会に貢献する産業人の育成、すなわち「読み書き算盤」といった基礎学力の涵養、および国民国家における「国民」の育成に主眼を置いた「公教育」にあった。この教育制度は当時の帝国主義的脅威を受けた外圧による国家主導の下、全国各地に整備された。

当時、日本が直面していた課題は、先進西洋諸国への追随、統一的な国民国家の樹立、そして富国強兵と殖産興業(特に工業化)の実現であった。この達成のために最も重要とされたのが、国民の啓蒙と教育である。教育政策としては、国民皆学を推進すると同時に、エリート人材の育成を目的とした公教育制度の整備が行われた。

明治5年に学制が施行され、「学問は身を立てるための財本」という功利的な動機付けや、「治産昌業」という新たな産業・技術への適応を目指した知識の普及が、国家によって推進された。これ以降、公教育と産業は相互に補完する形で、日本の発展を支える両輪となった。

産業分野においては、西洋列強に対抗するため、「産業の工業化」が求められた。工業化により形成された社会、すなわち「工業社会」は、「機械の時代」とも呼ばれ、機械の効率的な運用が最優先課題とされた。このような社会においては、学校教育が知識の習得と、その知識を基に迅速かつ正確な解を導き出す能力の育成を目的とした。このような教育制度は、正解・不正解の正答率を重視した選抜方式を特徴とし、工業社会に適応可能な人材を育成することを目指してきた。

このように、当時の社会と学校教育(公教育)は円滑に接続されていたのである。これがいわゆる「良い学校」から「良い会社」という社会風潮をもたらした根底にある仕組みであると推測される。

しかし、前章で記述したように情報革命は社会を大きく変えた。「機械の時代」から「人の時代」への変化ということができる。情報通信技術などの発展によって、これからは生成AIに代表されるように私たちの頭脳機能が拡張され、SNSやメタバースなど電子・概念的空間を拡張していくことになるだろう。その時、必要なスキルや能力は変化していくことになる。そうなると、従来のように移行(トランジション)が円滑かつ効率的に行われることは難しくなっていくだろう。つまり、工業社会において機能していた社会と公教育の円滑な接続が難しくなると言えるのである。

ここに今日の学校教育が指摘されている課題の一つがある。それはより良い自己実現に貢献するという学校教育が果たす役割がかつてに比べて困難となっているということである。個々のより良い自己実現が多く果たされることにより、結果としてより良い社会形成が実現されるという好循環を創ることが難しくなっているとも言える。つまり学校教育の課題にとどまらない社会的な課題であるため、社会的な議論を巻き起こしている。その課題などを解決するために、詳細は後に記述するが、近代学校教育を乗り越えて新たな学校教育を描く試みが続けられている。

まずは人生100年時代に求められる資質能力とはどのようなものか、それはつまり「機械」ではなく「人」に目を向ける必要がある。次回では「人の時代」の観点から整理する。

参考文献:

・宮田純也 編著. (2023). 『SCHOOL SHIFT』. 明治図書.
・宮田純也 編著. (2024). 『SCHOOL SHIFT 2』. 明治図書.
・リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット 著、宮田純也 監修. (2023). 『16歳からのライフ・シフト』. 東洋経済新報社.

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