デジタルバッジ活用の国内事例
〜連載:インストラクショナルデザインから見るデジタルバッジの可能性(5)〜

2025年12月7日 天野 慧(グロービス経営大学院教員)
本連載では、これまで海外事例を中心にデジタルバッジ活用の最新動向を紹介してきた。第5回では国内での実践事例を紹介したい。
紹介するのは、熊本大学大学院教授システム学専攻が開講している公開講座「インストラクショナルデザイン」(以下、ID講座)での活用事例である。この公開講座では、大学教員や初等中等教育機関の教員、医療系機関の教育担当者、企業の人材育成担当者など、多様な背景を持つ教育関連事業の従事者を対象にしてインストラクショナルデザインの基礎を教えている。2011年に対面形式のワークショップとして開講し、2015年からeラーニングで取り組む事前課題と対面ワークショップを組み合わせたブレンド型講座としてリニューアルした。現在では、eラーニングで取り組む事前課題とオンライン形式のワークショップで構成されるフルオンラインの講座も用意して展開している。
筆者は、2015年の講座リニューアルを主導し、その際にデジタルバッジを講座に導入した。この実践の成果はいくつかの学会誌に論文として掲載された(Amano et al. 2017, 2019, 天野ら 2019a, 2019b)。これらの成果をもとに博士論文(天野 2020)をまとめた経緯もあり、個人的に思い入れの深い実践である。
今回の原稿では、このID講座でのデジタルバッジのデザインを紹介したうえで、インストラクショナルデザインから見るデジタルバッジの可能性を論じたい。
ID公開講座が抱えていた課題
ID講座の目的は、初学者向けにIDの基礎的なモデルを紹介し、受講者のそれぞれが自身の教育事例のどこでどのモデルをどのように活用できるかを例示できるようになることであった。しかしながら、リニューアル前の講座では、受講者が一定の時間を教室で過ごせば、「履修証」を渡され、講座を「終了」できる方式が採用されていた。

つまり、講座の本来の目的である、IDモデルを活用できるようになるという目標が達成されているかを確認しないままに講座の「修了」を判定してしまっていた。
IDの前提とする考え方は習得主義である。これは、学習成果が合格基準に達したことを根拠に研修の「修了」を認め、学習者の全員が努力次第で、一定水準のスキルが習得できるということを保障する立場を意味する。
キャロルの時間モデルや完全習得学習といった古典的な理論を背景として、IDでは学習成果を根拠として「修了」を認める立場を堅持してきた。それと対極的な立場が履修主義である。これはスキルの習得の状況にかかわらず、一定の時間を教室で過ごせば、「終了」を認める立場である。たとえば、多くの日本の初等教育ではこの立場を採用して、一定の期間が過ぎれば次の学年に進めるようにしている。
これらの2つの立場を踏まえて、リニューアル前のID講座を評価すると、履修主義の立場に基づく講座であったといえる。IDは習得主義に基づくという考えを受講者に伝えながらも、講座の設計自体にその考えを応用できていなかったというのが課題であった。受講者にとっては、講座自体にIDが応用されていれば、その受講体験自体が、お手本になりうると期待されるが、そうできていなかったのである。
デジタルバッジを活用したID講座の再設計
そこで、習得主義というIDのエッセンスを講座の体験を通じて学べるように、講座全体を再設計することにした。その習得主義を実現するための道具として取り入れたのがデジタルバッジである。デジタルバッジ導入にあたっては従来の「履修証」をバッジとしてデジタル化するのではなく、そもそもわれわれが講座として何をめざすのかを明確にし、設計を見直すこととした。

講座の設計見直しにあたっては、メーガーの3つの質問(鈴木 1995)という古典的なIDモデルを参照した。メーガーの3つの質問とは、1)われわれはどこへ行くのか(学習目標)、2)たどりついたかどうかをどうやって知るのか(評価方法)、3)どうやってそこへ行くのか(教授方略)という、教育設計を考えるにあたって設計者が答えなければならない本質的な問いを3つの質問にまとめたものである。
講座の設計見直しにあたっては、メーガーの3つの質問(鈴木 1995)という古典的なIDモデルを参照した。メーガーの3つの質問とは、1)われわれはどこへ行くのか(学習目標)、2)たどりついたかどうかをどうやって知るのか(評価方法)、3)どうやってそこへ行くのか(教授方略)という、教育設計を考えるにあたって設計者が答えなければならない本質的な問いを3つの質問にまとめたものである。1)の学習目標からはじめて、2)評価方法、3)教授方略に移るように、1)から2)、3)という順番で問いに答えることで、ゴールから遡って教育を組み立てる手法である。このメーガーの3つの質問に準拠して講座の設計を検討した結果を図2に示す。具体的には、学習目標として「IDモデルを自分の教育事例に応用できる」を設定し、評価方法として事後レポート課題を導入、教授方略としてeラーニングとワークショップを組み合わせたブレンド型を採用した。メーガーの3つの質問のそれぞれの問いにどう答えるかを検討するうえで、講座の設計を具体化した。
このように講座のゴールと評価方法を明確にしたうえで、デジタルバッジの位置づけを検討していった。具体的には、従来同様、対面講座に参加すれば、「履修証」が授与されるのに加え、受講者が任意で取り組める事後のレポート課題を評価方法として採用し、そこで合格基準を満たした場合に学習目標を達成したと判断し、デジタルバッジを発行した。レポートの採点基準は事前に受講者へ公開しており、提出物を講師が一つずつチェックして、合格基準を満たしているかを評価した。合格基準を満たさないものは、再提出の機会が得られ、ゴールに達するまで挑戦するチャンスが与えられていた。
発行されたデジタルバッジには、発行機関に関する情報や評価基準、学習成果物などの詳細情報(メタデータ)が付随されており、学習目標達成の証拠を必要に応じて受講者が参照できるようになっていた。
以上のように、本実践では習得主義に基づき、デジタルバッジを学習目標達成の証として位置づけ、学習目標の達成を評価するプロセスを設計し、目標を達成したものだけに発行した。また、発行したバッジに、学習目標達成の証拠をメタデータとして紐づけて、誰が何をできるようになったのかを示すことができるようにした。

デジタルバッジ導入の効果
実践の結果として、いくつかの反応が受講者から寄せられた。代表的なものを紹介したい。第一に、学習のゴールが明確になり、受講者が何をめざすべきか認識しやすくなった点が挙げられる。講座では冒頭で講座の学習目標はなにか、そして、デジタルバッジの取得要件は何かを具体的なステップとともに紹介している。学習目標を達成する過程を、バッジの取得プロセスとしてシンプルに示すことで、どこへ向けて努力すればよいかが認識しやすくなるという反応が寄せられた。
2つ目は、振り返りに有用という点である。デジタルバッジには、自分の学習成果に関する情報がコンパクトにまとめられている。それを参照することで、忘れがちな講座での学びを復習することができる。また、一生懸命に講座に取り組んだことを思い出し、また講座での学びを業務で活用したいという意欲が芽生えたという反応もあった。
3つ目は、新たな学習機会につながるという点である。取得したデジタルバッジを大学院進学のための試験の際に提示し、自分がIDについての基礎知識を習得していることをアピールするのに有用だったという学習者もいた。信頼性の高い方法でスキルを証明するデジタルバッジがさらなる学びの機会を媒介する可能性があることも示唆された。
最後にデジタルバッジの副次的な効果にも触れておきたい。本講座ではデジタルバッジの導入の契機として、メーガーの3つの質問を参照して講座全体の再設計を行った。そのことによって、講座全体の設計の質を高めることができた。その結果、ID講座自体がIDを効果的に学べ、実践的な講座であるという評判が広まり、申込者数が着実に増えていった。こうした点はデジタルバッジ導入時に明確に意図していたわけではないが、デジタルバッジの導入が、講座の質を見直す契機となり、結果として申込者の増加に貢献したということも明らかになった。
終わりに
今回は、国内事例として、筆者が手掛けたID公開講座への導入事例を紹介した。一般的に、デジタルバッジの導入プロセスは、従来の紙の「履修証」や「修了証」をデジタル化するのにとどまる場合が多いが、メーガーの3つの質問を参照して、IDのプロセスと関連付けながら、学習目標の達成の証としてデジタルバッジを位置づける方法を例示した。
このようにIDのプロセスを採用して学習目標達成の証としてデジタルバッジを位置づけることで、単なる「証書」を超えて、ゴールに対する認識の向上や振り返り支援、新たな学習機会の媒介として有用であることが示された。また、その導入が教育の質の底上げにもつながることが示された。
本事例を踏まえた、履修主義に基づく既存の教育事例を習得主義へと基づくものへ転換するための手段としてデジタルバッジを導入するための要件を以下の通り整理する。
- メーガーの3つの質問を参照し、学習目標、評価方法、教授方略を明確化する
- 教師が成果物を評価し、学習目標を達成した学習者のみにデジタルバッジを発行し、学習目標達成の証としてデジタルバッジを位置づける
- デジタルバッジに発行者や評価基準、成果物といった学びに関する情報を付随させ、学習目標達成の証拠を示せるようにする
インストラクショナルデザインの原則に基づいてデジタルバッジを設計することで、単なる証明書のデジタル化を超えた教育改善が可能になる。教育のさらなる理想を実現するための手段としてデジタルバッジの活用可能性を模索してはどうだろうか。
参考文献
Amano, K., Tsuzuku, S., Suzuki, K and Hiraoka, N (2017) Designing a Digital Badge as a Reflection Tool in Blended Workshops, The Journal of Information and Systems in Education, 16: 12-17.
天野慧,都竹茂樹,鈴木克明,平岡斉士(2019a)社会人向け教育プログラムにおける修了に対する動機づけを向上させるための個別フィードバックのデザイン.日本教育工学会論文誌, 42(4): 331-343.
天野慧,長岡千香子,喜多敏博,都竹茂樹,鈴木克明,平岡斉士(2019)学習者個別の情報付与と他者への公開を可能とするデジタルバッジアドオンの開発.教育システム情報学会誌,36(1): 28-33.
Amano, K., Tsuzuku, S., Suzuki, K and Hiraoka, N (2019b). Reflection Support for Novice Learners: Combining Digital Badges with Follow-Up Surveys. International Journal for Educational Media and Technology, 13(1): 95-103.
天野慧 (2020) 習得主義に基づいた研修設計を支援する手法の開発-デジタルバッジの活用に着目して-. 熊本大学大学院 社会文化科学教育部 教授システム学専攻 2019年度提出博士論文
鈴木克明 (1995) 放送利用からの授業デザイナー入門- 若い先生へのメッセージ-. 日本放送協会(https://www.gsis.kumamoto-u.ac.jp/ksuzuki/resume/books/1995rtv/rtvcont.html) 2025年12月30日閲覧