2025年12月14日 天野 慧(グロービス経営大学院教員)
本連載も今回が最終回となる。第1回では、次の2つを本連載の目標として掲げた。
(1)教育のあるべき姿を実現するための道具としてのデジタルバッジの活用可能性を見出す
(2)教育における新たな道具の活用可能性の見出し方の例を示す
以下では、この2つの観点から連載内容を振り返り、今後の展望を述べたい。
教育のあるべき姿を実現するための道具としてのデジタルバッジの活用可能性とは
連載第2回では、Peck のデジタルバッジモデルを紹介した。そこで示したのは、デジタルバッジを単なる外発的動機づけのツールではなく、豊富な情報とともに学習成果を可視化・認定する仕組みとして活用できるという提案である。
第3回では、Chicago Learning Exchange の Dyson 氏の提案を踏まえ、教育機関におけるバッジ発行の意義を整理した。特に、学習成果物や学習プロセスを示すポートフォリオへのリンクをメタデータとして付与できる点は、プロジェクト学習や探究学習などで生まれる、学習者一人ひとりの「N=1の学び」を可視化し認証できるという大きな利点がある。また、バッジの発行要件を対外的に公開することは、評価の透明性を高め、自機関のブランディングにも寄与しうることを示した。
続く第4回では、海外研究をレビューし、学習者にとってのデジタルバッジの価値を次の3点に整理した。
- 「教室」内外の文脈をつなぐスキルの「通貨」としての役割
学校外の学習成果を蓄積し、他者にアピールする手段として機能する。 - 学習プロセスを支援するツールとしての有効性
バッジとして学習目標が可視化されることで、学習者はゴールと学習の道筋を理解しやすくなる。
- デジタルバッジを獲得するプロセスの魅力
獲得の積み重ねによって成長実感が得られ、自己効力感が高まる。
以上のように、Peck のモデルに基づきデジタルバッジを活用することで、教育機関・学習者の双方にメリットが生まれる。しかし天野(2025)の文献レビューでは、現状では必ずしも理想的な形で活用されていない事例が多いことも明らかにされている。外発的動機づけとしてのみ使用されていたり、成果物へのリンクが付与されず、単なる履修証のようにデジタルバッジが扱われていたりする例も少なくない。そのため、Peck のモデルに基づくデジタルバッジのデザインが十分に認知されているとはいえない。引き続き、Peck のモデルに基づくバッジ活用の好事例を積み上げていくことともに、理想的な活用についての認知を広げていくことが望まれる。
教育における新たな道具の活用可能性の見出し方とは
第5回では習得主義に基づく研究を、第6回では学習の社会・文化的アプローチにもとづく研究を紹介した。これらの研究に共通しているのは、教育の古典的理論を手がかりに理想の教育像を描き、その実現手段としてデジタルバッジを位置づけている点である。
習得主義では、学習に必要な時間の個人差を前提とし、時間ではなく成果にもとづいて学習達成を認証する。その考えに基づき、単なる履修証ではなく、学習目標の達成を証拠とともに示す仕組みとしてデジタルバッジが導入されている。
一方、学習の社会・文化的アプローチでは、学習を個人の認知プロセスだけでなく、社会的相互作用や文化的文脈の中で起こる現象としてとらえる。第6回の事例では、学習者のコミュニティへの貢献やアイデンティティの形成をバッジ発行の対象とし、個人を超えてコミュニティ全体の成長を支援するテクノロジーとしてのデジタルバッジの活用可能性を示した。
こうした古典的理論が長年にわたり参照され続けてきたのは、そこに時代を超えて変わらない教育の本質的な理想が示されているからだろう。これらの研究事例が教えてくれるのは、デジタルバッジを含むメディアやテクノロジーの潜在力を引き出すためには、古典と向き合いながら教育の理想を描くための想像力を磨き続けることが有効な一手となりうるという点ではないだろうか。
終わりに
クラーク・メイヤー(2016)は、多くのメディアやテクノロジーが技術主導で導入される結果、学習の改善に十分寄与していないと指摘する。技術主導とは、テクノロジーを取り入れること自体が目的化し、「導入によって学びがどう良くなるのか」という本来の問いが脇に追いやられる状態である。
本連載では、デジタルバッジに関する研究事例を手がかりに、古典と向き合いながら教育の理想を思い描き、その実現手段としてメディアやテクノロジーを位置づけるという視点を提示した。生成AIをはじめ次々に新しい技術が登場する今日だからこそ、私たちはその新しさに振り回されるのではなく、教育の理想に照らしてテクノロジーを批判的・創造的に活用する姿勢が求められる。
「腰を据えて古典と向き合い、教育の理想を思い描くこと。それが、メディア・テクノロジーの未来の可能性を切り拓くきっかけとなるのではないだろうか」 本連載で行ってきたデジタルバッジの活用可能性に関する議論を踏まえて、メディア・テクノロジー活用の未来への提言として記し、連載を締めくくりたい。
参考文献
天野慧 (2025) 教育実践研究におけるデジタルバッジを活用する方法の違い.日本教育工学会論文誌, 49(1):187-196
クラーク,R. C.,メイヤー,R. E.(2013)リッチメディアを賢く使う (第32章).リーサー,R. A.,デンプシー,J. V.(編著),鈴木克明,合田美子(監訳)インストラクショナルデザインとテクノロジ: 教える技術の動向と課題. 北大路書房,京都,547-565
