2026年8月12日 天野 慧(グロービス経営大学院教員)
生成AIの技術的発展には目を見張るものがあります。文章を書き、情報を整理し、アイデアまで出してくれるようになりました。教育現場でも、生成AIをどのように活用するか、学習者にどこまで使わせるかといった議論が盛んに行われています。一方で、生成AIのできることが増えるほど、別の問いも気になってきます。これまで人間が学んできたことを、生成AIが人間と同じか、それ以上にできるようになったとき、私たちは何を学ぶべきなのか、という問いです。
この問いに対しては、大きく2つのアプローチが考えられます。一つ目は、「負けない強み型」です。AIに代替されにくい人間の能力を育てようという考え方です。AIが知識の検索や文章生成、アイデア出しといった知的作業を担うようになるのであれば、人間は、他者に働きかけたり、他者と関係を築いたりする力など、人間が強みを持つ能力を伸ばしていくという考え方です。
二つ目は、「パートナー型」のアプローチです。こちらはAIに勝とうとするのではなく、AIとよりよく協働するための能力を育てようという考え方です。AIを思考のパートナーとして使い、人間だけではできなかったことを可能にする。そのためには、何をAIに任せ、何を自分で行うのかを考えたり、AIのアウトプットを批判的に検討したりする力が重要になります。
二つのアプローチは、一見すると異なります。「負けない強み型」はAIには代替されにくい人間の強みを伸ばそうとするのに対して、「パートナー型」はAIの強みを生かしながら、人間との協働をめざします。ただ、両者には共通する前提があります。それは、まず「AIには何ができるのか」を考え、それと人間の能力との比較から「では、人間にはどのような能力が必要なのか」を考えていることです。
もちろん、こうした考え方は重要です。生成AIの技術的な進化は、私たちの仕事や生活のあり方を否応なく変えていくからです。かつて電子メールの普及によってFAXを使う機会が減っていったように、新しいテクノロジーの登場によって、これまで人間が行ってきた仕事の一部は必要性が低くなったり、やり方が変わったりします。それに伴って、人間に求められるスキルも変化していくでしょう。
しかし、AIにできることが増えたという理由だけで、人間が学ぶ必要のあることまで減るとは限りません。身近な例として、計算について考えてみます。電卓を使えば、人間より速く、正確に計算することができます。それでも私たちは、基本的な計算の仕方を学ぶことに意味があると考えています。日常生活でおおよその金額を見積もったり、計算結果が妥当かを判断したりするためには、人間自身にも計算についての理解が必要だからです。つまり、テクノロジーが代わりにできることと、人間がそれを学ぶ必要がなくなることは同じではありません。
何を学ぶべきかを決めるためには、何ができるか、できないのかという生成AIと人間の能力の比較だけでなく、その知識や能力を人間が身につけることに、私たちがどのような意味や価値を見いだすのかを考える必要があるのではないか。そう考えると、生成AI時代に何を学ぶべきか、という問いは、AIと人間の能力を比較するだけではなく、教育の目的そのものについて考えることにつながります。私たちはどのような人間でありたいのか、どのような社会をつくりたいのか。そのために、教育では何を大切にしたいのかといった問いです。
そんなことを考えていたときに目にしたのが、ハーバード大学教育大学院の名誉教授で、多重知能理論で知られる心理学者ハワード・ガードナーの論考です。今回は、ガードナーが約20年前に提唱した「5つの心(Five Minds)」と、それを生成AI時代に本人が改めて検討した2025年の論考を手がかりに、この問いを考えてみたいと思います。
ガードナーの「5つの心」と生成AI時代における再考
ガードナー(2008)が書籍『知的な未来をつくる「5つの心」』で提案したのが、熟練した心(Disciplined Mind)、統合する心(Synthesizing Mind)、創造する心(Creating Mind)、尊敬する心(Respectful Mind)、倫理的な心(Ethical Mind)から成る「5つの心」です(表1)。
| 分類 | 5つの心 | 定義 |
|---|---|---|
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認知的な 3つの心 |
熟練した心 Disciplined Mind |
主要な学問に必要とされる思考を使いこなす心。人は心によって入念に物事に取り組み、着実に向上する。正規の教育を終えてからもそれを継続する。 |
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統合する心 Synthesizing Mind |
大量の情報のなかから重要なものを選び出し、自己と他者の両方が役立てられる形にまとめていく心。 | |
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創造する心 Creating Mind |
既存の知識や「統合体」を超えて、新しい課題や解決策を示し、既存の分野を広げたり、新分野を開拓したりする心。「創造」は、一つ以上の既存の学問のうえに成り立つ。その質や的確さは、しかるべき「社会分野」のなかで判断されなくてはならない。 | |
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人間的な 2つの心 |
尊敬する心 Respectful Mind |
個人や集団のあいだの差異に共感して、建設的に対応する心。色合いの違う人々との共同作業を求める。たんなる「寛容さ」や「政治的な正しさ」を超えた心。 |
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倫理的な心 Ethical Mind |
働き手として、また市民としてのみずからの役割の特徴を、抽象化してとらえる心。そのように概念の世界で考えたことを活動の指針にする。そして、「よき仕事」と「よき市民」という概念を具現化しようとする。 |
※ガードナー(2008)のP201-205の記述の抜粋を著者が表にまとめた。
ここで重要なのは、「5つの心」は、ガードナーが多重知能理論で示した「知能(intelligence)」の新しい分類ではなく、全く別の目的で作られたものだということです。多重知能理論は、人間にはどのような知能があるのかを説明・記述しようとするのに対して、「5つの心」は、これからの時代に人々が有意義に生きるために、どのような心を育てることが望ましいのかをガードナーが処方的・規範的に示したものです。
書籍の刊行から約17年後、Gardner(2025)はAIの急速な発展を受けて、Five Mindsを改めて位置づけ直しました。新しい「心」を追加したのではありません。5つはいずれも引き続き重要だとしながらも、教育における優先順位を見直す必要があるのではないかと問題提起しています。特に大きな影響を受けるのが、熟練した心、統合する心、創造する心の三つです。Gardner(2025)はこれらを「cognition trio(認知的な3つの心)」と呼び、AIがこれらの心が担ってきた多くの知的活動において、人間を上回る能力を発揮するようになっていると捉えています。実際、何かについて知識を得たり、考えをまとめたり、新たなアイデアを生み出したりするとき、生成AIは強力な道具になっています。
では、これら三つの心を人間が育てる必要はなくなるのでしょうか。Gardner(2025)はそうは考えていません。たとえば、熟練した心について、一つの領域の知識を細部まで身につける必要性は低くなるかもしれないとする一方で、その領域について何も知らなくてよいとは考えていません。ここでGardner(2025)が用いているのが、「Top of the Mountain」という比喩です。山のあらゆる場所を歩き尽くすように一つの領域を細部まで学ぶのではなく、まず山頂に立ち、その領域がどのような広がりを持っているのかを見渡せるようになる。さらに、その領域ではどのように知識が生み出され、何を根拠にその知識が正しいと判断するのかを理解することが重要になる、という考え方です。
これは、生成AIを使ううえでも重要です。生成AIに質問すれば、知らない領域についても、もっともらしい説明がすぐに返ってきます。しかし、その領域について自分が何も知らなければ、回答が妥当なのかを判断することは難しくなります。AIが知識を提示できることと、人間がその領域を理解する必要がなくなることは、同じではないのです。
生成AIのほうが「できる」としても人間の大事な心とは
一方、Gardner(2025)がこれまで以上に重視しているのが、尊敬する心と倫理的な心です。この二つは「human/humane duo(人間的な2つの心)」と呼ばれ、AI時代には教育における重心をcognition trioからこちらへ移すことも検討すべきだと問題提起されています。ここで注意したいのは、「AIには他者を尊重したり、倫理的に考えたりすることができないから、人間はそこを伸ばせばよい」という単純な話ではないことです。それでは、冒頭で紹介した「負けない強み型」と同じ発想に戻ってしまいます。むしろGardner(2025)は、AIが倫理的な問題について、人間から得られるものよりも賢明な選択肢や助言を示す場合があることも認めています。
実際、生成AIに倫理的な問題を相談すれば、見落としていたステークホルダーの存在を指摘したり、自分とは異なる立場から問題を捉えたり、複数の選択肢とその影響を整理したりすることができます。将来的には、倫理的な論点についてAIが人間より優れた助言をすることも考えられるでしょう。にもかかわらず、ガードナーは、倫理的なジレンマの解決を非人間的な存在に完全に委ねることには否定的です。AIにできないから、人間が担うべきであるというロジックではなく、人間にとって大切な問いだからこそ、人間が担うべきだと主張しているのです。この捉え方は、冒頭で紹介した「負けない強み型」とも「パートナー型」とも異なる、第三の立場だといえます。AIにできるかどうかではなく、その能力を人間自身が身につけることに、私たちはどのような価値を置くのかを問う立場です。生成AI時代に何を学ぶべきかを考えるとき、AIにできない能力を探すだけでは十分ではありません。AIにできるようになったとしても、人間自身が身につけ、考え、判断することに、どのような価値を置くのかを問う重要性が高まっているのです。この問いは、カリキュラムの設計や教材開発、評価のあり方を考えるうえでも重要になるはずです。読者のみなさんは、AIにできるようになったとしても、人間が学び続けるべきことは何だと思いますか。
参考文献
ハワード・ガードナー(著)、中瀬英樹(訳) (2008). 知的な未来をつくる「5つの心」. ランダムハウス講談社
Gardner, H. (2025, July 2). Five Minds…Rethinking Education in the Era of AI General Intelligence. Howard Gardner’s Blog. https://www.howardgardner.com/howards-blog/five-mindsrethinking-education-in-the-era-of-ai-general-intelligence
