EduDX Report      

DigCompEduを現場に活かす:
教育と学習 (Teaching and Learning)

2025年6月20日 塚本 千恵(EduDX lab.Asia 研究員)

はじめに

近年,日本の教育現場ではGIGAスクール構想(i)の推進により,ICTの導入が急速に進んでいます.しかし現場からは,「ICTを授業にどう生かせばよいのか分からない」「結局,これまで通りの教え方から抜け出せていない」といった戸惑いや課題の声が多く聞かれます.こうした声に耳を傾けると,ICT環境が整っただけでは,必ずしも効果的な活用には繋がらないという現実が見えてきます.「ICTがあるから学びが変わる」のではなく,それをどのように使いこなすかという「教員の力」にこそ,いま大きな関心が寄せられています.

こうした背景を踏まえ,ひとつの手がかりとして注目されているのが,欧州委員会が策定した「DigCompEdu(Digital Competence Framework for Educators)」(ii)です.「DigCompEdu」は,デジタル時代における教員の専門性やスキルを体系的に整理し,ICTを教育にどのように生かすかの方向性を示すフレームワークとして開発されました.フレームワークは6つの領域に分かれており,教員のICT活用に関わる幅広い能力を網羅しています.日本の教育現場でも,今後のICT活用をより効果的に進めるための指針として,活用が期待されています.

本レポートでは,DigCompEduの6つの領域のうち,「教育と学習(Teaching and Learning)」に焦点を当てます.この領域は,教員がICTを活用して授業の質を高めるために求められる力を整理したもので,「教える」「学習のガイダンス」「協同学習」「自己調整学習」という4つの能力から構成されています.それぞれの視点から,ICTを活用した具体的な教育実践の手がかりを紹介します.

教育と学習(Teaching and Learning)とは?

DigCompEduの「教育と学習(Teaching and Learning)」領域は,教員がデジタル技術を活用して教える(Teaching)側の役割と,学習者の学び(Learning)を支援・促進する側面の双方に注目した枠組みです.この領域は,ICTを用いた教育実践の質を高める重要な視点を示しており,教員の専門性向上に寄与すると期待されています.以下では,「教育と学習(Teaching and Learning)」領域に含まれる4つの能力について,その概要を整理します.

教える(Teaching)

教員がデジタル技術を活用して,学習内容を効果的に提示・伝達し,教育の質を高める力を意味します.たとえば,動画やスライド,インタラクティブ教材を適切に使い分け,学習者の理解度や関心に応じて提示方法を工夫することが求められます.

キーワード:効果的な提示,適切な教材選択,学習者に応じた伝え方,教育の質の向上

学習のガイダンス(Guidance)

教員がデジタル技術を活用して,学習者一人ひとりの理解や進捗を把握しながら,適切な支援やフィードバックを行い,成長を後押しする力を意味します.たとえば,オンラインツールで学習状況を管理し,学習者に合った助言や励ましをタイムリーに提供することが求められます.

キーワード:個別支援,進捗管理,適切なフィードバック,成長促進

協同学習(Collaborative Learning)

教員がデジタル技術を活用して,学習者同士のコミュニケーションや共同作業を促して知識を共に築く力を意味します.たとえば,オンラインの共同編集ツールやディスカッションフォーラムを活用し,学習者が主体的に参加できる環境の構築や支援が求められます.

キーワード:相互作用,共同作業,知識の共同構築,コミュニケーション促進,学習者主体 

自己調整学習(Self-regulated Learning)

教員がデジタル技術を活用して,学習者が自ら学習目標を設定し,計画を立て,進捗を確認しながら自律的に学びを進める過程を支援する力を意味します.たとえば,学習目標や進捗をオンラインツールで可視化・記録することで,学習者が自分の学習状況を意識しながら,自ら次の行動を判断し,目標に向かって主体的に学びを進められるような環境づくりや関わり方が求められます.

キーワード:自己管理,目標設定,進捗把握,計画・評価,主体的学習

このように,「教育と学習」領域の4つの能力には,教員がICTを用いて学びを促進し,教育の質を高めるための具体的な支援策が体系的に整理されています.

教育と学習(Teaching and Learning)における4つの能力の実践例

「教える力」「学習を支える力」と聞くと,少し構えてしまうかもしれませんが,DigCompEduで示されている4つの能力は,身近な教育活動の中にも多く含まれています.これらを意識的に振り返ってみることで,今ある取り組みの価値を再確認すると共に,新たな工夫のヒントを得ることにも繋がります.ここでは,具体的な活用例を通して,それぞれの力が,日々の教育活動の中でどのように生かされているのかに目を向けてみます.

教える(Teaching):ICTで伝え方の幅を広げる

ここでの「教える(Teaching)」とは,ICTを活用して授業の進め方や説明の仕方を工夫し,学習者の理解に応じて柔軟に対応する力を意味します.

現場の課題:

「ICTを導入しているが,効果的に活用できていない」「動画やスライドを使っても,学習者の反応が見えにくい」といった声が少なくありません.伝える手段が増えた一方で,理解を促すための工夫が課題となっています.

活用例:

  • 既存資料を様々な媒体にカスタマイズして,提示のバリエーションを増やします
  • 資料の合間に確認クイズを入れて,理解度をその場で把握します
  • ディスカッションツールやアンケートを活用し,学習者に発言の機会を提供します

今後の展望:

ICTの活用で「伝える」授業から「対話する」授業へ.教員が主に一方向で情報を伝える立場から,学習者と共に学びを進めるナビゲーターへと役割を変え,学習者の理解や反応に寄り添う授業づくりが広がっていくことが期待されます.

学習のガイダンス(Guidance):一人ひとりに合った支援を届ける

ここでの「学習のガイダンス(Guidance)」とは,ICTを活用して学習者一人ひとりの理解や進捗を把握し,それぞれに応じたタイミングや方法で適切なフィードバックやサポートを行う力を意味します.

現場の課題:

学習者によって理解のスピードやつまずくポイントは異なり,必要とするサポートもさまざまです.これは従来の集合教育においても課題とされてきましたが,ICTの導入により学習状況がより可視化され,個別の違いが一層明確になりました.こうした状況を踏まえ,可視化された情報をどのように活用し,一人ひとりに適切な支援を提供していくかが課題となっています.

活用例:

  • 学習管理システム(LMS)の自動採点機能を使って,解答直後にフィードバックを返すことで,その場で理解を深めます.
  • 学習管理システム(LMS)上の進捗データをもとに,理解が進んでいる学習者には発展課題を,つまずいている学習者には補助教材を個別に提示します.
  • 課題の提出状況やコメントを活用して学習状況を効率的に把握し,小さなSOSも見逃さずにキャッチします.

今後の展望:

全体指導の中でも,学習者一人ひとりの状況に応じたきめ細かな支援ができる環境が整いつつあります.教員は「一斉に教える存在」から,「学習の伴走者」へと役割を広げつつあり,ICTの活用によって,誰一人取り残さない学びの実現がより身近なものになっていくことが期待されます.

協同学習(Collaborative Learning):自信をもって参加できる学びの場をつくる

ここでの「協同学習(Collaborative Learning)」とは,ICTを活用して学習者同士が対話や意見交換を行い,互いの考えを深め合う学びを支援する力を意味します.

現場の課題:

協同学習の重要性は理解されているものの,「限られた時間の中で話し合いが深まらない」「学習者の間に発言の偏りや参加へのためらいが生じやすい」など,全員が積極的に関われるとは限りません.特に,対面での議論に苦手意識を持つ学習者にとっては,参加すること自体が難しい場合もあります.こうした参加のハードルを下げ,誰もが自信をもって関われる環境をどう整えるかが課題となっています.

活用例:

  • オンラインツールや共有スライドを活用し,学習者の意見を「見える形」で蓄積・整理することで,議論の流れや論点が明確になり,より深い対話を引き出す土台になります.
  • チャット機能やフォームを活用し,非対面・非同期でも意見交換ができる仕組みを整えることで,発言に対する心理的なハードルを下げ,学習者の多様な関わり方を後押しします.
  • コメントやスタンプ機能を使って互いの意見を認め合う文化を育て,安心して対話できる雰囲気をつくります.

今後の展望:

協同学習は,知識の獲得だけでなく,対話力・傾聴力・柔軟な思考力など,これからの時代に必要とされるスキルを育む機会にもなります.特に,自分とは異なる視点に触れ,知識を再構築するプロセスは,単なる理解を超えた深い学びに繋がります.だからこそ,誰もが自信を持って参加できる学び合いの実現こそが,これからの教育において重要な鍵となります.そのような学びの場を通じて,多様な視点が尊重される協同的な学習環境が育まれていくことが期待されます.

自己調整学習(Self-Regulated Learning):学びを自分でデザインする力を育てる

ここでの「自己調整学習(Self-Regulated Learning)」とは,ICTを活用して,学習者が自ら目標や計画を立て,進捗を確認しながら必要に応じて調整していく,自律的な学習者としての姿勢を育むことを支援する力を意味します.

現場の課題:

学習者が自分の学びを主体的に捉えるためには,現在地や目標がわかる「見える化」の仕組みが欠かせません.しかし,「何を目指していて,どこまで進んでいるか」が見えにくい環境では,計画的な学びが難しくなり,指示された課題をこなすだけになってしまうことがあります.ICTの活用によって進捗や成果が可視化されるようになってきたものの,それを自律的な学びにどう繋げていくかが課題です.

活用例:

  • 学習管理システム(LMS)に学習目標や計画を記録し,自分のペースで進めながらいつでも振り返りができるようにします.
  • 単元ごとの進捗状況や達成率をダッシュボードで表示し,今どこまで学んだかが一目でわかる環境を整えます.
  • 教員が必要に応じてリマインダーや励ましのメッセージを送り,学習者のペースメイクをサポートします.

今後の展望:

ICTの活用により,教員がすべてを指示・管理するのではなく,学習者自身が「自分の学びの責任者」として意思決定できるように支援する姿勢が重視されるようになってきました.自ら学びをコントロールできることは,学校や社会を生き抜くための大きな力にも繋がります.今後は,こうした自律的な学習者を育てる環境づくりが,教育現場のスタンダードになっていくことが期待されます.

まとめ

本レポートでは,DigCompEduの「教育と学習(Teaching and Learning)」に焦点をあて,教員がICTを活用して授業の質を高めるために必要な具体的な力や支援の在り方を紹介しました.DigCompEduの特徴は,「ICTをどう使うか」という技術的な視点にとどまらず,「学びをどう支えるか」という教育の本質と深く結びついている点にあります.

近年,学習者が自ら考え,表現し,主体的に学びを進める力が重視されるようになる中で,教員には「知識を中心に教える存在」から「学びを支える存在」への役割の転換が期待されています.ICTが導入された今だからこそ,学習者との関わり方を問い直し,小さな工夫や実践を積み重ねていくことがますます重要になっています.

しかし実際の教育現場では,日々の業務に追われ,ICT活用にまで手が回らないという声も少なくありません.そうした状況だからこそ,DigCompEduのような枠組みが,忙しい中でも日々の実践を振り返り,少しずつ成長していくための手がかりになります.特に「教育と学習」領域では,ICTを活用して「どう教えるか」「どう支援するか」を4つの観点で整理しているため,自身の取り組みを見直す出発点としても活用しやすいでしょう.

教育現場が直面している「ICTはあるけれど,でもどう使えば?」という問いに対して,DigCompEduは教員を支える心強いツールとして,多くの現場で活用されていくことを願っています.

参考文献

(ⅰ) 教育の情報化・GIGAスクール構想の推進
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyouhou/index.htm
(ⅱ) Digital Competence Framework for Educators (DigCompEdu)
https://joint-research-centre.ec.europa.eu/digcompedu_en

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